HOME > 考え方の問題 > あなたが欲しいのはお金?それとも人の心?

あなたが欲しいのはお金?それとも人の心?

お金があれば幸せになれるのか.jpg 

お金があれば幸せになれるのでしょうか?

断じてそのようなことはありません。
しかし現代人のほとんどは「お金」「お金」と必要以上に求めています。
実際に心を軽んじ、お金を重んじた結果、毎年大勢の社会人が自殺しています。

この記事では、人間にとって大切なものは人の心であり、お金が心を上回ることはないことをまとめました。




お金があっても心が歪んで弱っているようでは意味がない

この世の中は心をもととし心によって動いている.jpg 

お金がたくさん手に入ったとしても、心が歪んで弱っているようでは意味がありません。

給与の高い大企業に入社した後、自殺をしてしまった方が何人もいます。
お金や自分の欲求を満たしたいがために企業へ入社し、心の歪みを放置した結果でしょう。
心の歪みは死を意味します。彼らは自分の心の歪みによって殺されたのです。

もっとも、自殺をさせるまで追い詰めた社会にも問題があります。
「お金こそ正義」「死んでも仕事を手放すな」「死ぬ気で働け」「24時間365日休まず働け」
社会に蔓延する異常なまでの拝金主義、お金に対する執着が、今日の自殺者を生み出しています。

世の中に流れる拝金主義の空気に騙されてはいけません。お金に執着し、お金に踊らされてはいけません。
あの大企業に入社すれば将来安泰で幸せになれる、お金をたくさん手に入れたら不安が無くなって幸せになれる。
そのようなことは決してありえないのです。


お金は心を満たすことが出来ない

心を満たすには器を変えることが一番である.jpg 

よく、人は自分の心を満たすためにお金を払って何かを買います。

しかし、お金を払って得られる心の安寧は一時的なものです。
心の溝を埋めるためにお金を使い、時間が経ったらまた心の溝が現れます。

お金に頼って一時的な欲求を満たし、安寧を得ているようでは、お金がいくらあっても足りません。
そうしてだんだんお金への執着が生まれ、最終的に心が歪み、死に至るのです。

そのようなことを防ぐには、お金は自分の心を満たすことが出来ないという事実に気づきましょう。
心を満たすには、自分の考え方を変えること以外にありません。
湧き出る欲求を満たすためにお金を欲し続けるより、自分の考え方を変えるほうが簡単だからです。

器を変えれば、すぐに満たされます。
大きいバケツに水を入れるのはとても時間がかかりますが、小さいコップに水を入れるのはすぐに終わります。
お金で心を満たすのでなく、考え方(器)を変えて心を満たすのです。


生活する最低限のお金があれば、それ以上は不要

お金を求めて苦しむ必要は全くない.jpg 

とは言え、生活するためにはお金が必要です。
どんなに綺麗事を言ったとしても、この国で生きる以上、税金や保険、年金など支払っていかなければなりません。
それだけではなく食費や光熱費、学費や通信費など生活するには最低限のお金は必要です。

私が言いたいことは、普通に生活するよりも多くのお金を得るために、苦しむことはないということです。
今、問題なく普通に生活できていれば、それ以上の物を手に入れる必要は無いのです。
一寸先は闇な将来を心配してお金を集めるより、今お腹いっぱいご飯を食べることができていれば、それで十分ではありませんか?


まとめ


まとめます。

  • 大金が手に入っても、心が歪んで死に至れば無価値
  • お金は心を満たすことが出来ないという事実
  • 多くのお金を手に入れるために、心を歪ませて苦しむ必要はない

よって人間にとって大切なものは人の心であることがお分かりいただけたでしょうか?


ちなみにブログ内にアドセンスの広告を貼り付けている私を、「金に執着している」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、それは早計です。

そもそも本当にお金に執着しているのなら、心が歪むまで働き続ければ良いと思います。
そのほうが手っ取り早いですし、月数百円程度の広告収入目当てに、こんなところでブログ運営をやっている場合ではありません。

私は自分の心の弱さを自覚し、心が歪んで、じわりじわりと死に近づく恐怖を味わいました。
だから心の安寧を得るために、ブログ運営という形で、心の勉強しているのです。
ブログ運営という形であれば、私だけでなく、名前や顔も知らない人たちも、私の書いた記事を読むことが出来ます。
私が心の安寧を得ると同時に、記事を読んだ人たちも心の安寧を得ることが出来るのです。

もちろん、それにより広告収入が出ると嬉しいですが、他人の見返りを求めてブログ運営をしているわけではありません。
アドセンスの広告を貼り付けているのは、そうしないとブログの運営費を賄うことが出来ないから。そして心の安寧を得るための諸々の活動(仏教本を購入するなど)をすることが出来ないからです。

むしろ私から見れば、自分の心の歪みを放置して、心をないがしろにして働き続ける人たちのほうが、よほどお金に執着しているように見えます。
心が歪んだり弱ったりしている人間に対して、労働を強いる人たちも同様にお金に執着しているように見えます。


関連記事

シェアボタン

スポンサーリンク
関連記事