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【日馬富士暴行事件】お酒は飲むべきではない

酒は判断力や思考力を奪い、人の心を歪める.jpg 

酒に酔って暴力を振るう。

日本だけでなく、ほかの国でもよくあることです。
しかし、だからと言って酒による問題を放置して良いわけではありません。

この記事では最近起こった2つの暴行事件を元に、
酒がいかに人間の心を歪める存在で、飲むべきでないものかをまとめます。




日馬富士暴行事件について


メディアによって事件の内容や証言などがやや異なっているので、ここではあえて何も言いません。
しかし、酒の席で酔っ払い、暴行事件が起きたことは確かなようです。

一部のメディアは「横綱であるにも関わらず」と言っていますが、横綱である前に人間です。厳しい稽古を積んで横綱になったとしても、我々と同じ人間なのです。
人間だから、どこかで間違いをしてしまうことがあります。それは仕方がありません。
間違いをしてしまった後、自分がどうするべきか、どうあるべきかが重要です。
この事件が起こったのは先月の下旬です。公になるまで2週間ほどの空白があります。
確かに、これは良いものとは言えませんね。

とは言え、自分が日馬富士の立場なら、ちゃんと謝ることが出来るのか考えてみると、あまり自信がありません。
どこかで逃げてしまい、どこかでごまかしたりしてしまうかもしれません。

言うは易く行うは難し。だからこそ、心を制して生きるべきではないかと思います。
つまり、心を歪め、最終的に誰かが苦しむことになる酒は、あまり飲むべきではないということです。


札幌タクシー運転手暴行事件について


札幌でも似たような事件が起こりました。
酒に酔った弁護士が、道を間違えたタクシー運転手に対して執拗に蹴り続ける暴行を加え、料金を払わず逃げました。

ここでも酒によるトラブルが絶えません。
私の気のせいでしょうか。タクシー運転手に対する暴行事件では、酒に酔った客の存在が目に余るような気がします。

飲んだら乗るなを徹底することは良いことです。しかし、人に迷惑をかけてはいけません。
暴力や暴言は相手だけでなく、自分も苦しむことになります。
弁護士であれば、人がなぜ苦しんでいるのか、はっきり分かっているものだと思いますが。
これも酒によって心が歪められたのかもしれませんね。


結論


酒は災いのもとであり、飲むべきではない.jpg 

ただでさえ我々の心は自分で制御しづらいのにもかかわらず、酒を飲んでしまったら普段は言わないことを言ってしまうし、やらないこともやってしまいます。
だから、トラブルを起こさないため、または起きる可能性をできる限り下げるためにも酒は飲むべきではないでしょう。

横綱力士であれ、弁護士であれ、僧侶であれ、皆人間なのです。
どんなに素晴らしい肩書を手に入れても、結局人間は人間なのです。
人間を超越する人間なんて現れるわけがありません。現れたとしても、そんなものはただのマイクパフォーマンスに過ぎません。
自分(人間)がいかに不完全な存在であるかを自覚できれば、このようないさかいは起こらないでしょう。

世間ではボジョレーヌーボー解禁で浮足立っているようですが、これらの事件を考慮すると、あまり好ましくありません。
お酒を飲む人は、「酒は悪くない、酒を飲む人間が悪いんだ」と声を大にして言いますが、同じようなセリフをどこかで聞いたことありませんか?
そうです、アメリカの銃規制の話です。
「銃は悪くない、銃を使う人間が悪いんだ」
言葉を並べてみると日本もアメリカと大して変わらないようです。
もっとも、酒は銃と違って大昔から世界各地で文化が根強く浸透しており、殺傷を目的として作られたものではないので、規制に踏み切るのは困難ではあります。

だから、我々が酒を飲まないことで解決することがベストだと思います。
もともと料理酒やみりんなどを除いて、酒は生活必需品ではないでしょう?
酒を飲まなければ、争いが起こる確率を大幅に下げることが出来るのです。
それは誰もが望んでいることではないでしょうか?誰だって人を傷つけ、傷つきたくはないのです。


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