HOME > 考え方の問題 > 「死にたい」を治すには考え方を変えればいい

「死にたい」を治すには考え方を変えればいい


<br />「死にたい」を治すためにすること.jpg


私だけでなく誰でも一度は「死にたい」と思ったことがあるでしょう。
「死にたい」という思いを治すには、根本的な考え方を変えれば良いのです。

今日は、「死にたい」という凹んだ心を治す、新しい考え方を5つ紹介します。







その1:生きているだけで何かの役に立っている




この世の中に、何の役にも立っていない人や物は存在しません。
全ての人や物は関係しあって、生きています。

「自分は何の役にも立っていない、だから死ぬべきだ」と言う方は、自分がどれほど役に立っているかが目に見えていないだけです。
一見、役に立たなそうな人や物でも何かの役に立っていて、生きることに意味が存在しています。


それでも、自分が何かの役に立っていることが実感できない方もいるでしょう。
簡単に誰かの役に立つことを実感できる方法があります。募金やボランティアです。
これらを「ただの偽善である」と非難する人もいますが、私はそうは思いません。
募金やボランティアには、行動を起こした人(募金やボランティアを行った人)が生を実感するメリットがあります。
自分が差し出した数円や数時間の活動のおかげで、大勢の人々が救われるのです。
これで自分の存在が何の役にも立っていないわけがないのです。
自分が起こした行動のおかげで数え切れない人々が助かった。これは紛れもない事実です。

もし、人前で募金やボランティア活動を行うのが恥ずかしいのであれば、募金を積極的に行っている企業の商品を購入してみましょう。
自分が購入した商品の代金の一部が募金に使われる。これほど嬉しいことはありません。

もちろん、大々的に「募金をしている」と広告していない企業も募金を行っています。
その企業が募金に出したお金は、顧客が商品を購入した代金の一部から支払われているのです。
それでもあなたは自分が生きていても何の役にも立っていないと思いますか?

我々は生きているだけで、誰かの役に立っていて、他の人の命を繋いでいるのです。
故に捨てていい命なんて無いのです。



その2:命を拾うために何かを捨てる


物事の取捨選択を行う.jpg


この世界は全てにおいてトレードオフです。
何かを得るには何かを捨てなければいけません。
あなたが「死にたい」と思っているほど追い詰められている状況であれば、その原因を排除しましょう。

あなたがすでに持っている物を捨てたくはないという気持ちはわかります。
しかし、あなたを死の危険にさらしている物を持ち続けることになんの意味があるのでしょうか?
自分の命と引き換えに何かを手に入れたとして、それに意味はあるのでしょうか?

命は常に価値観の頂点にあるべきだと思います。
そのためにも、自分を苦しめる執着をやめる必要があるのです。



関連記事


その3:弱い自分に向き合う




「死にたい」を治すために弱い自分に向き合いましょう。
自分の弱さを直視し、弱さを強さに変えることは大変耐え難く、辛いものです。
しかし、それで放置していては、いつまでたっても「死にたい」ままで、もっと辛いです。
多少の傷みを乗り越えてこそ、強さを手に入れることができます。


もし、どうしても痛みを耐えることができず、強さを手に入れることができないのであれば、自分の弱さを受け入れましょう。
多少弱くても、弱い自分なりの生き方や、自分にしかできないことが必ずあるはずです。
強い人達が集まる世界に無理をして飛び込む必要は無いのです。「死にたい」と思っているのであればなおさらでしょう。



その4:自殺は身勝手である



ここで、やや厳しめな話になります。
「死にたい」と思ったことのある私が言うのも滑稽ですが、自殺をするのはあまりにも身勝手ではないでしょうか。
我々人間は生まれてから今日に至るまで、生きるために大量の動植物の生命を奪い、食べ物として体内に吸収しています。
人間が自殺をする一方で、一部の動植物は人間に食べられるために生きているのです。

それだけでなく我々人間の体は、これまで食べてきた食べ物から成り立っています。
これまで食べてきた動植物の命のおかげで、自分の体と生命を維持することができているのです。
つまり、自分の命は自分だけのものではなく、これまで食べてきた全ての命も含まれるということです。

誰でも人間なので「死にたい」と思うのは仕方がないことでしょう。
全てを投げ出してしまいたくなることは、生きているとよくあることです。
しかし、それを実行に移すのはあまりにも身勝手だと私は考えます。

あなたは生きることが難しいと思っていませんか?
安心してください。生きることは簡単です。死ななければ良いのです。
ろくでなしの私ですら生きられます。
重ねて申し上げます。生きることは簡単です。信じてください。



その5:今起きていることは些細なことである



仕事で失敗した、彼氏に振られた、友人と喧嘩した。
「死にたい」と思う理由は人それぞれありますが、どれも自分の生死に直接関わるようなことではないと思います。

自分の「○○しなければならない」「○○できなければ終わりだ」「これはこうである」などという考えが、実際に起こったことを自分の命にかかわる重大な事件であると錯覚させてしまうのです。
「死にたい」と思うことを防ぐには、自分の中で固まった考えをやめましょう。
「○○しなければ」や「これはこうだ」という考えをやめて、「○○できなかったらこうしよう」や「これはこれ以外にもこうなる可能性がある」などといった考えをしましょう。

つまり、はじめから過度な期待はせず、予め最悪の事態を想定して、その対策を考えておくことです。
そうしておけば、事件が起こってもうろたえず、些細な事だと流せることが出来るでしょう。


関連記事

それ以外にも、荒療治感が否めませんが、適度にFPSゲームをプレイすれば、死にたいと思わなくなるのではないかと思います。

関連記事

シェアボタン

スポンサーリンク


関連記事