HOME > 考え方の問題 > 心の安らぎを得るためのブッダの言葉

心の安らぎを得るためのブッダの言葉


安らぎを得るブッダの言葉.jpg


自分の心の弱さに関する悩みは万国共通であり、今も昔も変わりません。
この悩みをいかにして解決するか、真剣に考えた人がいます。
ブッダです。インドで仏教のもとをつくった人物です。ゴータマ・シッダールタとも呼ばれています。

ブッダのことばには心の弱さを克服し、安らぎを得るヒントのようなものが沢山散らばっています。
今日は、そのヒントを、仏教を知らない方でもなるべくわかりやすく説明します。





物事は心に基づき、心を主とし、心によって作り出される



心の安らぎを得る具体的な方法を説明する前に、知っておいて貰いたい原則事項があります。
物事は心に基づき、心を主とし、心によって作り出されるということです。
つまり、この世の中のほとんどの事柄は、人間の心によって動いていると言っても過言ではないということです。
しかし人間の心は簡単に揺れ動き、制御が難しく、外からの影響を受けやすいものです。

心の安らぎを得たいのであれば、まずは自分の心を制しましょう。
他人の心を制するのは困難ですが、自分の心を制するのは比較的簡単です。
では自分の心を制し、安らぎを得るには具体的に何をすればよいのか、次の項から説明します。


自分を苦しめる、物事への執着をやめる



よく、新社会人が「地獄のような就職活動を乗り越えてやっと手に入れた仕事なので、絶対に辞めません」という発言をしているのを耳にします。
その心意気はとてつもなくたいそうなもので、入社して半年以内に辞表を提出した私は彼らをしっかり見習うべきだと思っています。
しかし、「死にたい」などと思いながらも今の仕事に執着し、いつまでも苦しみ続けるのはいかがなものかと思います。


決して楽ではない就職活動を乗り越え、血の滲むような思いでようやく手に入れた就職先。
それを安易に手放したくない気持ちはよくわかります。
ですが、苦しみからは何も生まれません。失うばかりです。
冒頭の項で申し上げたとおり、この世のほとんどの物事は人間の心によって動いています。
苦しんでいる心では、不幸な事態しか起こらないのです。
実際に、企業の長時間労働に堪えられず、自殺をしてしまった人もいます。


このような最悪の事態を防ぐにはどうすればよいでしょうか。
自分を苦しめる執着をやめることです。
死にたいと思い、苦しんでいるなら、いっそ仕事を辞めましょう。
なかなか簡単な問題ではないことはわかります。
しかし、まだ理性が残っている今の段階で真剣に考えなければ、手遅れになる可能性があることを覚えておきましょう。


執着というものは、仏教において人間を苦しめる煩悩の一つであると言われています。
故に、執着心を捨てることが良いとされています。
とは言え、執着心は時にやる気の源になったり、生きる糧になったりする場合もあります。
だから、自分を苦しめる執着心だけを捨てていけばいいと私は思います。

関連記事

関わる人間は自分でしっかり選ぶ


付き合う人間を選ぶ.jpg

なぜ、太宰治の人間失格の主人公である葉蔵は酒や女に溺れ、薬物依存症になってしまったのでしょうか?
酒癖が悪く、女たらしで、お金にいい加減な堀木に関わってしまったからです。

この世のほとんどの物事は人間の心で動いています。
自分の心も、関わった他人の心に簡単に感化されてしまうのです。
自分の人生を左右するのは自分の意志ではなく、人間関係と言っても過言ではありません。
人の心が歪むのはあっという間ですが、もとに戻すのはただならぬ覚悟と努力が必要です。
悪い考えを持った人に、感化されてしまわないためにも、付き合う人間はしっかり選ばないといけません。

付き合う人間を選ぶには、自分の存在している場所を見つめ直すことを始めましょう。
メンタルが弱い人が、特に近寄らないほうが良い場所を以下の記事にまとめています。

関連記事

他人の過失は咎(とが)めず、自分の行動に目を向ける



正義感の強い方は、曲がったことが嫌いで、他人の過失を咎めます。
しかし、自分の正義を振りかざし、他人の過失を咎めたところで何が変わるのでしょうか。
咎められた側が皆「すみませんでした」と言い、自らの非を認めるのでしょうか。
むしろ人によっては逆恨みし、無用な争いに発展する可能性もあります。

その場で争いが起こらなくても、咎めた時点で自分の正義感は強くなっていきます。
強くなりすぎた正義感は次第に歪み、過激な言動をとってしまい、自他共に苦しみ傷ついてしまうのです。
政治や宗教などにおける過激派思想はその最たる例でしょう。


では、どうすれば誰も傷つかずに済むでしょうか。
他人の過失に目を向けないことです。
そして、自分の考える正義が常に絶対ではないことを覚えておきましょう。
○○しなければならない、○○であるべきだという固執した考えは他人だけでなく自分も苦しめるのです。
それから過失とは、故意ではなく不注意でやってしまった過ちを指します。
相手も悪意があってやったわけではないことを覚えておきましょう。


暴言や暴力は、相手だけでなく自分自身も傷つける



大抵の人は、暴力に怯え、死を恐れています。
何度も言うように、この世のほとんどの物事は人間の心で動いているのです。
荒々しい言葉遣いや暴力は大変痛々しく、された側は報復するでしょう。
自分の心が傷ついてしまわないためにも、どのようなことがあっても暴言や暴力は慎まなければいけません。
他人の暴言にも耳を傾けてはいけません。心が荒むばかりです。
暴言や暴力を慎み、自分の心を制することが出来れば決して苦しむことは無く、安寧を得ることが出来るでしょう。


浅はかな人は「やられたらやり返せ」「仕返しも出来ない臆病者」と声を荒げて言いますが、それで心の安寧を得ることができますか?
相手を苦しめて、本当に安らぎを得ることができますか?
重要なのは相手の心を叩くのではなく、自分の心を刀のように叩き(鍛える)、制することです。


まとめと参考文献と関連記事



まとめると以下のようになります。

  • この世のほとんどの物事は人間の心によって動いている
  • 自分を苦しめる物事への執着をやめる
  • 心は他人に感化されやすいので、付き合う人はしっかり選ぶ
  • 他人の過失は見てはいけない
  • こうでなければならないといった正義感は他人だけでなく、自分も苦しめる
  • 暴力や暴言は自分に反射するので慎む

以下は参考文献です。読むとはっと気づくでしょう。




関連記事
シェアボタン

スポンサーリンク


関連記事